カテゴリー別アーカイブ: いつもの生活

菊千代日々徒然/2

変わりゆく心境
休みが続く中、まずはせっかくだからこれをやっておこうと、掃除をしたり、ズームでお稽古をするためにパソコンの位置を変えてみたり、中途半端になっていた刺子の作品を片っ端から仕上げたりしました。マスクも一杯縫いました。でもそれだけでは罪悪感と不安感が募るばかりなので、今までなかなかできなかった落語の根多の整理を始めました。手書きのノートを整理して原稿をパソコンに入れ、録音しています。
これからどんどん無くなっていくだろう記憶力の助けにもなるし、やらなくなっていた自分のネタの掘り起こしにもなります。寝る前は必ず落語を聴いて寝る。まるで普通の落語ファンみたいだなあと思いながら、昔の名人の噺を聴いて感心して寝ています。
聴いていると、昔の言葉の自由と、女性に対する物言いなど、良し悪しはともかく驚かされることばかりです。そうこうしているうちに、持続化給付金の申請が父の分まで、自力で出来たことや、また、アートにエールをの企画に申し込めたことなどが自信につながりました。企画は「手話と一緒に楽しむ落語」こういう時、手に職?があって良かったと思います。

温かい心に感謝
心が折れて、活動を何もしようともしない私に、深川9条のお仲間が、カンパや後援会費を振り込んでくれたりしました。芸人9条の会にいらしてくださったことのあるお坊さんから現金を送っていただきました。アマビエのキャンディやコーヒーを送ってくださったり、突然ステイホーム見舞いのお菓子が送られてきたり、皆さん私のことを思い出してくださっているんだなあと嬉しい限りです。
ずっと、月に2回か3回お仕事させていただいていた着物屋さん【福服】の社長が自粛給料補助金を下さり、6月は週2回来て良いよと言ってくれました。お店も決して楽な状態ではないのに、本当にありがたいことです。
社長は新宿の落語教室「福々亭」も主催、私への謝礼形態をしっかり決めてくれていたので、今回の件でもだいぶ救われました。そして何よりも、動画やzoomでお稽古しようとする生徒さんのやる気や明るさ、パワーに励まされました。
今は再開して生のお稽古ができて嬉しいです。千歳烏山や横浜の生のお稽古も早く再開出来るようにと願っています。

変わった冷蔵庫
 皆さん、いかがでしょう、次々と自炊しなくてはならない事、自分の分だけでこんなに面倒臭いのだから、これがご家族の分となると本当に大変だろうなと思います。
私は夜の炭水化物抜きを続けているので、三日おきに鍋物です。おかげで野菜の使い切りも充実、恥ずかしながら、我が家の冷蔵庫はなん十年振りかでスカスカになり、冷蔵庫って開けた途端、こんなにヒヤッとするもんなんだと、今更ながら感動しています。
保冷剤だらけだった冷凍庫も若干充実した中身になり、今までどれだけもったいないことをしていたのかと、反省しつつ生活しています。

菊千代日々徒然/1

あれよ、あれよという間に
2020年が明けて、元旦、今年の抱負は?なんて考えているときに、まさか、こんなことが起きるなんて、こんな時代が来るなんてと思っていた人はいたのでしょうか。
今年は災害と、ウイルスが問題になるって聞いていたから、食料とか備蓄してたよという友人が一人いますが、私はそんなこと、思いもしませんでした。1月下旬から話題になっていたダイヤモンドプリンセスのニュースも、他人事のように受け止めていたし、コロナ流行に気をつけなきゃという風潮はありましたが、2月1日・2日と初めて参加した掛川花鳥園での鳥フェスには、マスク姿の人などほとんどいませんでした。
3日の湯島天神の豆まきは、やっぱり子供連れは少ないねえなんて言いながらも、いつも通り盛り上がっていました。
2月9日の千歳烏山でのご近所落語会も盛況に終わり、11日に四谷のココナッツというお店で行われた常連のお客様の特別なお祝い会で落語をやらせていただき、その時にいらした方が「友達がダイヤモンドに乗っててさあ、降りられないんだよ」なんて言うお話をなさっていました。
14日には旭川刑務所で訪問落語、夜は増毛というところの焼肉屋さんで落語会「ちょっとお客さんが少ないよ、でも旭川はまだ影響ないからねえ」なんて話をしていました。
16日には6月乗船予定だったピースボートのために申請していたパスポートを受け取りに有楽町交通会館へ、道産子ショップではコロッケ食べる人が並んでいたし、マスク姿は少なかったような気がします。東京拘置所での話し方教室の授業も、新宿や千歳烏山での落語教室も行っているその頃、2月24日のお仕事が初めてキャンセルになりました。
年配の方々の集まりなので用心にという事でした。それからピースボート乗船も含めて、福井刑務所の訪問落語、3月3日の落語会、福島の原発集会、異業種交流会、九州のお寺、追分温泉、憲法集会、9条の会などもバタバタと中止になり、自主企画の池袋演芸場や日本橋亭の落語会も中止にせざるを得なくなりました。

情けないもので、噺家として収入が無くなるということは、古今亭菊千代としての価値が無いような気になりました。だから、今までのように嫌なこと駄目なことに対してものを言う勇気がなくなってしまいました。翼を折られた鳥なのかくちばしを折られた鳥なのか、とにかく、生活の窮地から脱するまではと、国会前でのアピールなどもスピーチ原稿のみで失礼しました。とっても情けない話です。文字通り、落語なんて本当に人の心が平穏でなければ笑ってもらえないのだなあ、まして人が集まれないという、生のお客様の前で出来ないということが致命傷なのです。

落語協会からは持続化給付金の事や「アートにエールを」という東京都のアーティストに対する救済企画の情報が入り、何でもやってみるべきと挑戦する気になったのは4月の中旬からです。

ご報告です

作品展のお礼  【菊千代手作り作品展】

7月19・20日、無事に終了いたしました、お越しいただきましたお客様、刺し子やバック、またマフラーなどお買い求めいただきましたお客様、本当にありがとうございました。着物の老舗紙『七緒』の取材などてんやわんやの忙しさの中、笑顔で応対してくださった吉祥寺《小春家》さんの松谷さんにも心より感謝申し上げます。懲りずにまた開催させていただきますので、御覚悟の上よろしくお願い申し上げます。

ダイエット成功のご報告

昨年の11月より始めた、【6時以降炭水化物摂らないダイエット】が功を奏し、6キロ体重落としました。身幅の合わなくなった着物もすぐにしびれていた正座の難も解決、三重に巻いても余る帯~♪とまではいきませんが、楽しい毎日です。食べたいものは明日食べるという前向きダイエット、是非お勧めします。ただ久しぶりにお会いする方は病気ではないのでご安心ください。

我が家のお姫様

オカメインコのぽん太 大往生

17年間、私にやさしいオーラを与えてくれ、癒してくれたぽん太が逝きました。18年前初めて飼ってみたオカメインコを私の不勉強で死なせてしまい、その償いにと2羽の雛を買ってきたのがぽん太とごん太、2羽ともとてもなついてくれました。どちらかというと神経質で臆病なのがぽん太だったので、3年前にごん太が亡くなった時にはどうなることかと心配したのですが、逆に一人天下のお姫様状態で、放鳥時にはいつも私の肩にいて顔の産毛やうなじの毛を抜いたりして遊んでいました。

去年体調を崩し、悩んだ結果手術の道を選び無事成功、このこよみでも報告させていただきましたが、あんな小さな身体を手術した先生もすごいけど、ちゃんと元気になったぽん太はもっとすごかった!その後、色々あり2回入院しそのつど回復して戻ってきてくれました。けれども、朝、今までよりもずうっと具合が悪そうであわてて病院に連れて行き四度目の入院となりました。インコは飼い主の期待に添えようとして元気にご飯を食べるふりをしたりするので、ぽん太もギリギリまで無理していたのかもしれません。お医者さんに連れて行った時の様子を見ても、もう駄目かなと思いましたが、いや、ぽん太なら持ち直してくれるかもという期待もありました。

けれどもそれから3日目の朝、看護師さんから電話がありました。朝の7時頃診に行ったら息を引き取っていたそうです、先生が「ぽん太ちゃん、朝4時頃診まわった時にはじっとしていたし、このところ少し自力でご飯も食べていたので持ち直してくれるかと思ったんですけどね。お力になれなくて申し訳ありませんでした」、綺麗な箱にちゃんと寝かしてくれた姿を前に看護師さんと深々と頭を下げて下さり、やっぱり、病院で最後まで診ていただいて、大事にしてもらえて良かったと思いました。
今まで、何羽か私の配慮の足りなさで死なせてしまった鳥たちの分も、この子にはしっかり供養してやりたいと思い、ネットでペットの埋葬を調べてみました。なんと移動火葬車でお骨にして返してくれる業者さんが有るということを発見し、急ぎ足でしたがその夜、無事に火葬してお骨にしてもらい、玄関先でしたが、鳥さんの一番固いくちばしの部分をしっかり見せて下さり、大事に可愛い骨壺に入れて袋に入れて渡してくれました。飼い主にとっては大事な存在でも嫌いな人からすればたかがペットかもしれません。でも鳥の病院の先生や看護師さんの対応、例えば様子を聞く電話一本にしても「ぽん太ちゃんですねえ、今日はちょっと顔色が良くなってご飯も食べてくれてますよ~」と言われてほっとし、大事に扱っていただいていることを実感しました。喪服で引き取りにみえた葬儀屋さんの態度も、生前の様子を聞いてくれたり、ペットを愛する飼い主への思いやりがあふれていました。
一七年間ずっと一緒にいてくれたぽん太に感謝です。

ポンタ
手前はごん太、今天国で一緒!

子供力はすごい!

今回船にはたくさん子供たちが乗っていたので何かやってもらいたいと思い、三時間の授業でしたが小学生高学年の五人の女の子たちに南京玉すだれを教えました。
釣竿・橋・鯛の三つの形だけにはしたもののかなり難しいので心配しました。ところが、いやいや子供はすごいですね。しかもやはり女の子はしっかり者です、船で知り合ったばかりのお友達なのに、それぞれを思いやり、私の言ったことはすぐ理解してくれるし、忘れないし。集中力あるし。度胸もあるし。本番で一人もモジモジせず、立ち位置も言った通りしっかり並ぶし、本当に感心しました。これからも子供たちにどんどん、落語や演芸に触れて貰うよう努力します。

我が家のぽん太

このところインコの話題ばかりで申し訳ないのですが、我が家の古株女王様オカメインコのぽん太が、体調を崩しました。昔は鳥も犬猫用の動物病院に連れて行くしかなかったのですが、今では小鳥や小動物専門の病院が何軒もでき、飼い主たちも安心です。何かあった時にはと目星をつけていた病院が世田谷にあるので、早速電話をして予約を取りました。
受付で先にぽん太を預け、30分ほどすると診察室?に呼ばれました。「ただいまレントゲンと血液検査をしましたが」、見ると見事なぽん太のレントゲン写真、結局女の子なので卵管に卵のかけらのようなカルシウムが詰まっていて内臓を圧迫しているのだそうで、人間と同じようなチェックシートを見せてもらい「血液検査では糖尿の気もありませんし…」。人間と全く同じ説明を受けました。
bird
結局は食欲が無いので、強制的にご飯を食べさせて、注射での薬の投与で…「もし、それでうまくいかなければ手術ということになりますが、歳ですからねえ、様子を見てみましょう。これで当人が元気になってくれればいいん ですが」。インコは、飼い主の前ではご飯を食べるふりや元気な顔をするので、しばらくは入院、面会も駄目。「いつも、必ず肩に乗っけたりしてるんですけど」と聞くと「あなたが、 お腹に嫌なものが出来てしんどいのに外へ出るのはいやでしょう?それと同じですよ」。
言われてみればごもっともです。毎日様子を聞く電話をしていいというので、決まった時間に電話をしました。「ぽん太ちゃんの様子ですねえ、今朝の体重は〇〇グラム…ちょっと息が荒いですねえ」とても丁寧に対応してくれるのに感動しました。薬でだいぶ楽になったのか体重は増えたものの、やはりお腹も膨らんできて、結局このまま見守るか、手術か?の選択をすることになりました。小さな体に麻酔を打つだけでショック死してしまう場合もある、術後の回復が年齢的に難しい場合もあるなど、いろいろ脅かされましたが、でも先生は最終的には手術を勧めている気がしました。
私のせいで早死にさせてしまったインコたちに対してのように後悔したくなかったので、私は手術を選びました。結果は大成功、九四グラムまでになった体が手術で腫れた部分をとって82グラムに、それから一週間は面会できず、様子を聞くばかりでしたが、日に日に体重を取り戻し退院できることになりました。先生からの説明では、出血が多かったので輸血をしたとのこと???いったい誰の血なのかわかりませんが、本当に医学はすごい!これでまた長生きできますよと先生に励ましてもらいました。
まだ通院も残っていますがひとまずは安心です。輸血の血が良かったのか、なんだか逆に若々しくなったぽん太。病院に電話した時、看護師の方が「ああ、ぽん太ちゃんの様子ですねえ。だいぶ顔色が良くなってきましたよ」と言ってくれていたのがわかる気がする今日この頃です。

足助の子供たち

私の大好きな豊田市足助、たんころりん祭りに毎年伺っては軒づけライブ、そして「足助のかじやさん」というライブハウスでは独演会をさせてもらっています。前々から子供たちに落語をと声をかけていただいていたのが実現し、足助中学の生徒さんたち約二百名の前で落語の歴史や動作の説明から私自身どうして噺家になったかなどの話と落語二席、質疑応答も含めて二時間弱の公演をさせてもらいました。
質疑応答に30分も時間をとってあったので、そんなに質問来ないんじゃないですか?というと「いやいや、きっと大変ですよ」足助中学のОBとして企画してくださった奥村さんが笑っていましたが。その通りで、前半の私の講演を踏まえての突っ込んだ質問には驚きました。自分たちの将来を考えての質問から「失礼ですが年齢はいくつですか?」まで。半分以上の子供たちが『はいはい!』と手を上げる姿に感動しました。日本はまだまだ大丈夫、それより大人はしっかりせにゃ、こんな子たちの芽をつぶすこと無いようにしなきゃ!と思いました。
生徒会長さんのお礼の言葉、かっこいいハスキーボイスの女子ですが『私も地域のクラブでソフトボールをやっていますが、やはり菊千代さんと同じ男社会なので、お話を聞いていて共感しました』と言ってくれたのには、一晩語り合ってみたく思いました。最近の少子化問題で特に地方は、学校の統合で何時間もかけて小学校、中学校に通い、送り迎え等でもご両親の負担の多いことや、学校での部活などにも制限が出ている問題など、お話も伺いました。
足助はお祭りが盛んで、お囃子練習などで近所の子供たちが月に何べんも集まって先輩から教わったりしているので、地域での上下関係やつながりが深いのです。町全体が子供を育てているような感じがします。足助とのご縁、大事にしていきます。自称、足助観光大使菊千代です。

インコ三昧のご報告

前回、鳥カフェのお話をしましたら、結構反響がありました。
梟のいるカフェは二号店を浅草演芸ホールの並びに出し、そちらはインコちゃん触り放題、かじられ放題で最高です。
我が家のインコのご紹介をさせていただいた後、私のミスでアオシンジュウロコインコの「マメ太」を落鳥させてしまいました。私はトリの警察があったらトリ殺しの罪で終身刑にされてもおかしくないような過失を犯してしまったのです。気が付くと背を丸めて歩いている日々を過ごし、思い出しては涙を流し、後悔という言葉のむなしさをかみしめておりました。まるっきりレベルの違うこととはいえ、例えばお子さんを無くしてしまわれた親御さんは「ああしなければよかった、こうしてやれば良かった」と何かにつけ思い出されるのだなあ、と考えました。
この思いを克服し後悔を前向きに持っていくために同じ種類の子をお迎えすることに決め、今生後四か月のアオシンジュウロコインコ「空太(クウタ)」が家にいます。
オカメのポン太にやきもちのストレスを与えないようにしていますが、彼女は買ってあげた鏡がお気に入りで自分の顔とは多分知らず、べたーっとくっつきうっとりしています。落語の「松山鏡」そのままの世界です。

鳥01

そんな話をしていたら、四谷のココナッツで知り合ったお客さま吉田さんというイラストレーターの方がすごい絵を書いて下さってびっくり。さっそくお部屋に飾らせていただきました。

鳥02

そして新入り君をご紹介します
「空太」です!後悔の無いように一生懸命大事に育てます!

鳥03
アオシンジュウロコは羽の裏が赤いのが特徴なのですが、どういうわけかこの子は胸に一枚赤い羽根が…。募金は生涯しなくても良いようです。

鳥カフェとうちの娘自慢

私は無類の鳥好きです。生まれかわったらオーストラリアの桃色インコになると本気に思っているくらいです。先日、テレビの深夜番組でフクロウやハヤブサやインコのいるカフェがあって、そこでは鳥たちに触れることも出来るとレポートしていました。そしてスタジオには実際にオーナーさんがハヤブサを連れてきていて出演者の腕に乗せていました。場所はなんと東西線の木場、我が家のある門前仲町から一駅のところ、ちっとも知らなかったわーというわけで早速行ってみることにしました。

師弟といえども実は仕事・噺の上ではライバルです、まして兄弟弟子は師匠が好きで入った同士のいわば恋敵、一〇年ほど前までは全員が仲良しというわけではあり 平日の4時頃だったのでテレビの影響はそれほどでもなかったのか、運良くテーブル席が空いていました。けれども知る人ぞ知るでしょう、鳥好きさんたちが狭い店内に静かにキャーキャーと喜びながら楽しんでいました。通り沿いに面している入口も、中の鳥スペースも安全なガラス部屋になっており外からも店内からも楽しめるようになっています。向かって右側には大きなフクロウが一羽、左側の小部屋にはにフクロウ、ミミズクが大小交えて6羽とハヤブサがいて、帰り際に500円払うと中に入って触ったり写真を撮ったりすることが出来るのです。こういう種類の鳥たちに触ることが出来るとは思っていないので、お客さんは大喜びです。また室内に設置されているケースの中には大型インコがいっぱいいて、その子たちを見ながら飲むハーブティーは格別でした。中でも、私はムラクモインコに一目惚れ、そこでは販売もやっているのだそうで、鳥たちの中にも販売用と、スタッフがいると説明されました。そのムラクモインコちゃんは販売用、いかがですかと、触らせてもらってますますファンになりましたが、お値段を聞いてびっくり、落語『幾代餅』の清蔵の気持ちがよくわかりました。後日他にもほしいというお客さんがいるという話を聞いてちょっとホッとしましたが、でも可愛い!です。お話が決まれば諦められますからね。

そしてこの「鳥のいるカフェ」のオーナーさんのおうちがわがマンションから徒歩三分ということも判明、我が家のインコたちも困ったら預かってあげるといってくれました。すごいご縁です。しかも2月には2号店を浅草に出すそうで、それが、浅草演芸ホールの並び、ここは完璧にインコとのふれあいの店なんだそうです。もうこうなったら出番があろうがなかろうが浅草に通わなくちゃ、もちろんうちのオカメインコのポン太やアオイワシンジュウロコインコのマメ太も大事にしますけどね。

ポン太はもう十五歳になるというのにますます元気、仲良しゴン太亡きあと心配しましたが、影響もなくもいつまでたっても子供みたいにべったりなついています。七草インコのニャン太を落鳥させた後、償いにしっかり育てたいと、我が家の子になってもらった、マメ太。メキシコのインコでコニュアという種類、とても変な、おかしな子です。朝うるさいと布団に入れ一緒に寝ています。う?飼い主が変なのかな?

兄弟子菊輔の奇跡❢

昨年十月に兄弟子菊輔が脳幹梗塞で倒れました。その半年ほど前に共通の友人が同じ脳幹梗塞で倒れで亡くなり、あんなに元気だったのにと話していた矢先のことでした。お医者様からは手の施しようがない奇跡を祈るばかりと言われた状態で、実は一門みんな覚悟しました。もうすぐ師匠の一周忌というときだったので、まさか!師匠がさびしがって呼んでいるのではないか?…だとしたら「やめて下さい!」と祈りました。ところがなんと、兄さんの生命力がその奇跡を起こしました。一時心肺停止にまでなったというのに、みるみる回復し、ただ今復帰に向け麻痺が残った左手のリハビリ特訓中です。

菊輔兄さんとは毎年「手話落語の会」を開催する仲。兄さんは私とは違い、師匠からの命令ではなく自主的におかみさんと一緒にサークルに通い勉強した努力家です。せっかくなのでお願いして池袋の会のメンバーになっていただいて今年で十年目になります。倒れて意識が朦朧とした中、また回復段階でも兄さんが無意識に使ったのが手話だったそうで、またお見舞いに手話仲間の方々がいらしては手話で話したのでそれが脳の刺激にもなったのではということ。滑舌も確かに「なんだか待合所みたいなところに師匠がいて『お前こんなところで何やってんだ帰れ帰れ』って言われたんだよ」と話してくれました。「左手が麻痺していいるからなー」と言いながらも、三月三十一日の兄さんとは十回目の「手話と一緒に楽しむ落語の会」の出演は承諾してくれました。師匠円菊も寝たきりになってあまり話ができなくなってから私が行くと手話で話してくれていました、わかってくれる人さえいればこんなに便利なものは無いのです。

手を動かすことによって右脳左脳への刺激にもなります。私は海外に行ってパニックになった時はいつの間にか手話が出ています。手話は世界共通ではありませんが、感情を込めて表情もつければある程度通じることも有ります。最近ストレスで急性難聴になる人が増えているとか、いつ何時困ることが起きるかもしれません。なのに看護師さんたちが手話を知らないと兄さんが嘆いていました。「手話は他人のためならず」是非皆さんも手話を覚えましょう!